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本種は、管理人にとってとても思い出深い 蝶で、回想録もかなり長くなります。ご了承願います。なお、本種はかなり後半に出てきます。 現在64歳の私が小学4年の時、茨城県高萩(たかはぎ)市に住んでいた。その社宅の隣には、大きな屋敷が 二棟並んで建っていてそれぞれ老夫婦と若夫婦が住んでいた。いずれも庭が広く、老夫婦の家の玄関先には沢山の 盆栽が、小山のような岩のすそ野に並べられていた。若夫婦の家の前には、三畳間程のコンクリート製の池があった。 池の中には、その大きさと不釣り合いな小さな金魚が数匹泳いでいた。庭の片隅には大きな木造の物置小屋が 有り、その周りを何本もの大木が鬱蒼と立っていた。子供心に、由緒ある家柄に違いないと思った。 若夫婦には子供が二人いて、小学3年の男の子と幼稚園に通う女の子だった。父親は教師で、小太りの 愛想のよい人だった。奥さんは色白でほっそりした、少し神経質そうな人だった。父親と男の子は蝶の蒐集が趣味で、 時々遊びに行くと沢山の標本を見せてくれた。それらを見るたびに、きれいだなと思うものの、 死んだ虫が並んだその標本箱に何となく近寄りがたいものを感じた。標本用の道具も見せてもらい、 その中でも特に細いキラリと光る昆虫針が印象に残った。この針を死んだ虫に突き刺すのかと 思うと、息苦しさを感じることもあった。この時にはまさか、昆虫採集が自分の一生の趣味に なろうとは、夢にも思わなかった。 その親子と親しくするうちに、採集に連れてもらうようになった。近くの雑木林から車で数時間の渓谷など、 様々な場所に同行させてもらった。安い補虫網を親に買ってもらい、親子から三角紙をわけてもらい、 紙製の小箱に入れて採集を始めた。展翅版や展翅テープを貸してもらい、まずはアゲハやクロアゲハ、 モンシロチョウなどを採集して標本を作った。昆虫針は、母親に青や赤、黄色の丸い頭のついた 待ち針をもらった。作成した標本はお菓子の空き箱などに整理した。他に友達もおらず、何か淡々と 標本作成に精を出していた。 8月のある日、通っている近くの小学校に男の子と採集に行った。快晴で風もない日曜日だった。 何種類もの色とりどりの花が咲き乱れる花壇で、蝶がやってくるのを待った。男の子とは別々に 行動していた。地面に刺されたプラスチックの白板に「ムラサキフジウツギ」とある紫色の房状の花に目を 向けた時だった。一頭の蝶が止まっていた。ゆっくりと翅を開閉して蜜を吸っていた。初めて見るその翅の色彩は 言葉に言い表せない強烈なものだった。翅を閉じた姿は真っ黒で全く美しくないのだが、開いた姿は強烈な 深紅の地に青、黄色、白、黒などが複雑にまじりあった不思議な斑紋が本当に美しく印象的だった。そっと近づき、 一気に網を振り下ろして採集した。帰宅するまでのことはほとんど記憶がなかった。ただ、 男の子が、「ちくしょう、ちくしょう」と何度も小さな声でつぶやいていたことだけは 覚えている。親子ともども持っていない種類らしかった。図鑑で調べ本種と確認した。傷付けない ように細心の注意を払い展翅した。 その日の夜はなかなか寝付かれなかった。目をつぶるとあの斑紋が脳裏に浮かんでくる。いや、 浮かんでくる、といった生易しいものではなかった。襲ってくる、といった方が正確かも知れない。 目を開けては真っ暗な部屋の中でかすかに見える天井に何度も目をやった。この時の標本は、 かなり色もおちてしまったが、度重なる引っ越しにも破損することもなく、青い待ち針がついたまま 今も標本箱に納まっている。(2019年5月記)